スクール特集(市川中学校の特色のある教育 #1)

オンラインの活用により学びの可能性を広げ、新しい教育のスタイルを生み出す
ICTツールを活用した先駆的な取り組みを進める市川中学校・高等学校では、コロナ禍の全国一斉休校という未曾有の危機を経て、アクティブラーニング化をさらに推し進める取り組みが始まった。
6年間を通じた中高一貫教育で、世界を舞台に挑戦するグローバルな人材を輩出し続けている市川中学校・高等学校。最難関国公立・私大への進学実績もさることながら、生徒の自主性を重んじる校風が、海外大学への進学など多彩なチャレンジを可能にしている。
ICTツールの導入などアクティブラーニングにも先駆的に取り組む同校は、新型コロナウイルスの感染拡大に伴う全国一斉休校という事態にどう立ち向かったのか。休校期間中の対応から分散登校が解除された7月中旬に至るまでの経緯について、校長の宮﨑章先生に詳しく話を伺った。
全国一斉休校の要請があったコロナ禍の対応について
学年ごとの状況を見極めて柔軟に対応
-2020年2月27日(木)、全国すべての小中高校に臨時休校の要請
「2月末に休校の要請があって、3月に予定されていた卒業式はクラスごとに卒業証書を渡すだけというかたちで大幅に縮小しました。3学期の試験もできないまま3月末の終業式を迎え、その後、緊急事態宣言があって入学式も取りやめになりました」と当時を振り返る宮崎校長先生。
-2020年4月7日(火)、東京、千葉を含む7都府県に緊急事態宣言
いつ学校を再開できるか先行きが見通せない状況で、オンラインでの連絡と教材の配信を始めることを決断。
「中3以上は全員がiPadを持っているので、すぐさまオンラインで授業を一斉に配信することも可能でしたが、中1と中2に関しては環境が整っていなかったため、急遽ClassiのIDを取得して全員に配布することにしました。またテレワークを実施するご家庭の状況なども考慮して、好きな時間に繰り返し見ることができるようなコンテンツにしました」
また中1や中2の生徒にとって先生やクラスメイトと顔を合わせるホームルームの時間も大切だという現場の声もあり、Zoomを活用するなど学年ごとの状況を見極めて柔軟な対応をしていたと言う。
-5月25日(月)、東京、千葉を含む1都3県と北海道の緊急事態宣言の解除
緊急事態宣言の解除を受けて、6月1日(月)から分散登校による授業が再開。名簿の奇数と偶数で人数を半分に分け、登校時間も朝のラッシュ時間帯を避けられるよう10時とした。
また感染予防の対策として手指消毒の徹底をはじめ、玄関にはサーモグラフィーの自動体温検知カメラとモニタを設置するなど万全の体制で学校再開に臨んだ。
「今日(7月15日)からようやく全校生徒の登校が再開されますが、第2波の到来によって再び休校となった場合でも、この期間で培った経験をもとにオンライン教育に切り替えるなど、万全の体制を整えてサポートします」と宮崎校長先生。
▶︎校長 宮﨑章先生
教員向けの研修会を開いて4月中にオンラインの体制を強化
コロナ禍の対応は、現場の教師にとっても大きな変化をもたらした。ICTツールの活用スキルが向上しただけではなく、それ以前には無かった新たな試みが新しい教育スタイルを生み出しつつあるようだ。
宮崎校長先生
「緊急事態宣言のあった4月はじめに、ICT委員会と教育研究部という2つの組織が中心になって、教員向けの研修会を開いて体制を整えるところから始まりました」
具体的には、YouTubeの限定公開による動画配信の方法と、パワーポイントの教材に音声を吹き込んで配信するといった一連の操作について4月中にマスターできるよう研修を重ねた。
通常の授業には無かった試みのひとつ。それは、オンラインの教材を作るにあたり、教科ごとに複数の担当者が集まって、協働して一本の作品を仕上げるという作業。
なかには1人が先生役、もう1人が生徒役に扮して登場し、先生にツッコミを入れるなど笑いも含めた作品に仕上げたものもあったそうだ。
宮崎校長先生
「1コマ50分の授業に比べれば動画は10〜15分くらいの短いものですが、どこでどうツッコミを入れるかといった台本作りにもだいぶ時間がかかったようで、自分ひとりでは気がつかなかった発見もあったと聞いています」
先生たち独自のアイデアによる新たな取り組み
教科ごとに見せ方やアプローチは異なるものの、共通しているのは生徒を思う気持ち。普段は見過ごしてしまいがちな先生たちの思いの部分も、動画というひとつの作品になることで、生徒たちにその思いやメッセージがストレートに伝わったという。
宮崎校長先生
たくさん作成した動画の中から、ひとつ紹介したいのは音楽科の動画です。「心が疲れた時に聞く音楽」というテーマで、8人の音楽科の先生が一曲ずつオススメの曲を紹介しています。音楽の授業だからといってクラシックに限ったものではなく、アニメの挿入曲を紹介した先生もいます。先生の紹介文をクリックするとYouTubeにつながるような仕掛けになっていて、オリジナルもあればカバー曲も。生徒たちにとっては「あの先生がこんな曲を紹介するの!」という新たな発見や驚きもあったようです。
さらにレポートの提出を求めなかったのも先生たちの意向。レポートを書くために音楽を聞くと音楽が嫌いになってしまうからと。翌週になるとその曲に関する解説文が届きました。実はこういうところが音楽的に面白いんだよというような学びもあって、音楽に興味を持ってもらえるような工夫をしていました。
もうひとつは美術科の先生による黒板アートの動画です。これは学校が再開した時に、生徒たちに喜んでもらえるようにと各クラスの担任と美術科の先生が協力して取り組んだ作品です。キャラクターものからヨーロッパの街並みまで、様々な作品を仕上げました。ひとつの作品で2〜3日かかるものもあったそうですが、メイキングを数分の早送り動画に編集しています。
学校のICT教育って、Dropboxで課題やプリントを送るというのももちろんあるんですけど、そういうことだけじゃないでしょうと。先生たち独自のアイデアから生まれた面白い取り組みなので、ご紹介させていただきました。
「第三教育」を推し進める時期と捉え、新たなステージへ
コロナ禍を経験して変わったこと、それは新しい教育のスタイルが定着しつつあるということ。ICTツールを使いオンライン授業を進めるとともに、建学の精神にも掲げられている「第三教育」を推し進める時期が今訪れている。
「第三教育」とは同校の建学の精神のひとつで、家庭で受ける親からの教育を第一教育、学校で受ける教師による教育を第二教育、そして自分で自分を高めることを「第三教育」と呼んでいる。
「自主性が大切だということは生徒も理解しているとは思いますが、実際にそれをやらなきゃいけない状況になった今、まさに「第三教育」をやるべき時期だと思い、新しい取り組みを始めています」とリベラルアーツを掲げる宮崎校長先生の真のねらいがここにある。
すでに2016年からALICE(Active Learning For Ichikawa Creative Education)プロジェクトをスタートしてアクティブラーニングを進めてきた同校だが、ココロナ禍でYouTubeやオンライン教材を活用したことにより、ブレンディッド・ラーニング(Blended Learning)の良さに気がつき実行する先生が増えてきたと言う。
つまり基本的な学習内容はYouTubeなりオンラインの教材であらかじめ予習を促しておくことで、学校では分からなかったことについて解説したり、生徒たちがおたがいに議論したり、考えたりすることに重点を置くというものだ。
「大変な状況で先生方も皆さん苦労してはいるんですけど、1年間をかけてこのまま積み重ねていければ、アクティブラーニング化をさらに推し進められる可能性があると感じています」
オンラインによって変わる学びのあり方と国際交流の取り組み
オンラインによって広がる学びの機会
世界を舞台に挑戦するグローバルな人材を輩出している同校にとって、留学や海外研修などに関するコロナ禍の対応についても注目が集まっている。海外大学への進学希望者や、国際交流を目標にしている学生は今、何に取り組んでいるのか。オンラインの活用によって変わる学びのあり方や国際交流の具体的な取り組みについても話を伺った。
「留学や海外研修などについては、今年はどこも中止となり現地に行けないのですが、意欲のある生徒たちはすでにオンラインで様々な取り組みを進めています」と具体的な事例を紹介してもらった。
・スーパーグローバル大学のプログラムをオンラインで受講
スーパーグローバル大学というのは、世界レベルの教育研究を行う大学を支援するために文部科学省が創設した事業です。高校生向けのコンテストもあって、応募して実際に大学まで足を運ぶのですが、今年はオンラインで開催することになりました。その結果、これまでなかなか現地に行くのが難しかった北海道大学や東北大学、京都大学といった大学のプログラムにも参加できるようになりました。
・MOOC(Massive Open Online Course)
MOOC(ムーク)というのは、オンラインで世界のトップ大学の講座を受講できる無料のサービスで、Couseraやedxがその代表です。ハーバードやMITなど、世界のトップの大学の授業も数多く、内容は英語でレベルは高いんですが興味を持って取り組んでいる生徒もいます。
・Ichikawa Academic Day
海外研修や国内研修、各種コンテストに参加した生徒の発表の場として2018年に始まった取り組みです。今年は3月14日に開催を予定していましたが、一斉休校によって中止になりました。すると、生徒たちが自主的にオンラインで発表の場を作り、Ichikawa Online Academic Dayと称して、2日間にわたって開催しました。
生徒たちのICTのスキルは高く、企画から制作、運営まですべて生徒たちによって行われました。
・留学フェローシップ 留学キャラバン隊
私が理事を務めている留学フェローシップが、今年はオンラインで対応してくれるという交渉がまとまりました。海外大学へ進学した大学生たちとオンラインでつながって、大学の紹介やワークショップをしてもらう予定です。
・留学フェローシップ 留学サマーキャンプ
同じく留学フェローシップの取り組みで、例年サマーキャンプをやっているんですが、これも今年はオンラインになりました。キャンプのスケジュールは一週間。いつもより長く時間を設けて、海外大学へ進学したい生徒たちの思いをつないでいます。
海外大学への進学を目指す生徒の約半数は帰国生だと言う。さらに海外のトップ大学を目指す帰国生が増えているため、オンラインによって広がる学びの機会が生徒たちの意欲をよりいっそうかき立てている。
累計で全国3位、30名の日本代表を輩出しているトビタテ!留学Japan
トビタテ!留学Japanは、文部科学省の留学支援プログラムで、同校は過去5年間で全国3位となる30名の日本代表を輩出。応募者数も年々増加し、どんな留学のプランにするか、留学先ではどんな自主活動をするのかなど、10数ページにわたるプレゼン資料の作成も生徒の成長を促している。
「去年は中3と高1で100名くらいが説明会に参加をして、実際に応募したのは35名。どんな留学のプランにするか、留学先ではどんな自主活動をするのかなど、10数ページにわたるプレゼン用の資料を作成して応募します。
今年はコロナの影響によって中止になってしまいましたが、トビタテ!留学Japanに向けて生徒たちはとても面白いプランを作るんですよ」と楽しそうに語る宮崎校長先生。
テーマは「北欧のデンマークにデザインを学びに行く」、「バークリー音楽大学のコースに入る」、「バスシステムの可能性をジャカルタで学ぶ」など内容は様々。なかには自身の障がいをテーマに、アジアの国に行って活動したいという生徒の資料も。
「副校長と私の2人が中心になって応募者すべての資料に目を通しているのですが、応募に至るまで何度も我々とやりとりをしますから、自分を見つめることにもつながります。そうすると、自分の思いや考えがより鮮明になって、トビタテ!留学Japan以外にも関心や活躍の場が広がるようになるんですね。
大変な労力と時間のかかる作業ですが、10数ページにわたる資料に自分の考えをまとめ、自分の意思を伝えられるようになることが、生徒を育てることにつながっていると確信しています」と校長先生みずから推し進める注目のプロジェクトだ。
生徒たちの学びを促すのは必ずしも学校の授業だけでは無く、学校外の取り組みによっていろんな刺激を受け、勉強の意欲を高めることにもつながる。
あらゆることにチャレンジすることが生徒を伸ばす
トビタテ!留学Japanをはじめ、英語によるディベートと表現力を競うthe World Scholar’s Cup(WSC)、科学の甲子園ジュニアや高校生ビジネスプラン・グランプリなど、同校の生徒たちが活躍する場は多彩だ。
「私学として進学実績を良くしたいというのはもちろんありますが、いわゆる受験勉強だけをやっていても『第三教育』で目指しているような生徒は育たないんじゃないかと思います。
トビタテ!留学Japanに応募する生徒たちを見ていると、いろんなことにチャレンジすることが、結果的に難関大と呼ばれる大学への進学を目指し、進学実績にも繋がっていくのだろうと感じています」
Classiにも「外部コンテスト」という項目を設けて、教育研究部や先生方が集めた資料をまとめていると言う。大学が主催するコンテストもあれば、民間の公募もあるし、意欲のある生徒にとってはどんどんチャレンジできる環境が整っている。
勉強と部活の両立ではなく、三立、四立…のススメ
「昔からよく勉強と部活の両立と言いますけど、三立、四立をしなさいと生徒たちには伝えています。
わかりやすいひとつの例ですが、2年ほど前に野球部からボストンの海外研修に行きたいと手を上げてきた生徒がいました。
従来であれば甲子園を目指す野球部の生徒にとって、野球にすべてを捧げるのが素晴らしいとされるんでしょうけど、学校としては同時にいろんなことをやるのも良いよという雰囲気づくりをしています。
トビタテ!留学Japanも中3から応募ができますし、科学の甲子園ジュニアも去年は中1に声をかけて、中1と中2のチームで1位、2位をとったんです。中学生のうちからいろんなことにチャレンジしようという流れもできてきているので、三立、四立…といろんなことをやりましょう!」
<取材を終えて>
留学や海外研修など一部中止になってしまった取り組みはあるものの、オンラインを活用して学びの機会をさらに広げている生徒たちの意欲と行動力が印象的だった。
また、コロナ禍の対応によってさらに発展・進化したビブリオバトルや数学オリンピックへの挑戦など先生たちのサポート体制の充実ぶりも目を見張るものがあった。生徒たちの学ぶ意欲を高める学校の雰囲気づくりに、真の進学校と呼ばれる同校の魅力があるのだと強く感じる取材だった。