【連載:数学と言葉】第1回 数の言葉使いその1「可能性は高い」それとも「可能性は大きい」

可能性とは数値

みなさんは可能性という言葉をどのように使っていますか。
「可能性は高い」という使い方をする人が多数です。もちろん私も「可能性は高い」は使いますが、「可能性は大きい」と使う場合が多いです。

その理由
1. 可能性を数値(数)とみているから。
2. 「数は大きい・小さい」が基本でこれ以外には同義語はない。「数は高い・低い」とは使わない。

ゆえに、可能性すなわち数値は大きい、という表現になります。

順に詳しくみていきます。
1. 可能性は数値(数)
可能性は確率なので数値(数)ということです。「万に一つの可能性もない」という表現からもそのことがわかります。

確率の率が示すように比という数値です。確からしさを0以上1以下の数値として表したものが確率です。例えば、コインを投げたとき表が出る確率は1/2、サイコロを投げたとき1の目が出る確率は1/6などです。

ある事象がまったく起きない場合には確率は0、必ず起きる場合には1ということです。確率は割合(比)なので%を使った表現が使われます。例えば、降水確率50%、A君がB高校に合格する確率は80%などです。

とはいえ、可能性を確率と同義に使うということではありません。確率には厳密な定義が付随します。それに対して可能性は広く一般に多くの意味を含んだ使い方ができる言葉です。

2. 数は大きい・小さい
このことを学ぶのは国語の教科書ではなく算数です。それも小学1年生算数教科書「わくわくさんすう1」(啓林館)です。私は啓林館の中学・高校の数学教科書の編集委員の仕事をしているので啓林館をあげましたが、すべての出版社の小学1年生算数教科書で同じです。数は高い・低いとは使いません。数は多い・少ないとも使いません。

この小学1年生算数教科書については次回連載「第2回 数の言葉使いその2 数と数字のちがい説明できますか」で詳しく取り上げます。

なぜ、可能性は高い、と使うのか

以上のように、可能性という言葉の属性(正体)を数値(数)とみて、数は大きい、という使い方から可能性は大きいという使い方ができるというのが私がこの言葉使いをする理由です。

私はこの言葉使いをチェックしながらメディア(新聞・ラジオ・テレビ)をウォッチしています。一般人の街頭インタビューからNHKのアナウンサーまで、新聞の表記もほとんどが可能性は高い、です。可能性が大きい、を使う人は稀にしかいません。

その理由を考察していきましょう。

ルール(基準):数値(数)は大きい・小さい、は絶対なのか

いいえそうではありません。その例をみてみましょう。〇はよく使われる、×は使われないことを表すとします。

〇「体重は重い・軽い」 ×「体重は大きい・小さい」
体重は数値ですが体重は大きい・小さいは私でも使いません。体重という数値が大きいことを重いと表現しますが、重いという言葉が重さとセットの言葉だからです。セットの言葉があるのに、大きい・小さいという言葉を使うことに違和感が生じます。

〇「身長は高い・低い」 ×「身長は大きい・小さい」
体重と同じです。高いの高は高さの高です。体重や身長に大きい・小さいを使うとヘンなのは、大きい・小さいがサイズ・規模を表す指標に使われる言葉だからです。大きい人は、サイズが大きい人のことです。重い人、高い人、大きい人、を区別して使います

〇「数は多い・少ない」 ×「数は大きい・小さい」
この場合の数は物の個数や人数のことです。算数教科書の数は大きい・小さいだけれども、個数を表す数では大きい・小さいはNGです。数という言葉の意味の違い(文脈で判断)ということになります。

「数は大きい・小さい」→ 算数・数学の数のこと
「数は多い・少ない」→ 数は個数のこと

〇「人口は多い・少ない」 〇「人口は大きい・小さい」
人口は大人口・小人口とも使われるので「可能性」に比べると大きい・小さいは使われます。なぜでしょうか。大きい・小さいがサイズ・規模を表す指標に使われるからだと思われます。人口からイメージするのは町や都市・国といった地図上でイメージされるエリアです。エリア(面積)は大きい・小さいとぴったりあいます。

人口も可能性も数値(数)ではありますが、人口には大きいが合って、可能性は大きいは合いません。言葉が持つ複数の言葉のイメージがどの言葉とセットにするかを判断する条件になっています。

ルール(基準):大小は量感、高低は質感

〇「点数は高い・低い」 ×「点数は大きい・小さい」
数は高い・低いとは使わないといいましたが、点数は高い・低い(高得点・低得点)と使い、大きい・小さいと使うことはありません。点数はダイレクトに数にもかかわらずです。

大きい・小さいと高い・低いの使い分けの基準を考えてみると浮かび上がるのが量と質です。

高品質・高性能という使い方が示すように高には質(クオリティ)をピッタリします。A君のB高校の合格可能性、といった場合、可能性はA君の質(クオリティ)の指標という意味合いの方が、可能性の数値性よりも大きくなります。これが、可能性が高い、という使い方の基準なのではないでしょうか。

可能性や人口といった言葉を量感と質感で比べた場合にどちらが大きいと感じるかでその後に続く言葉を選んでいるということです。もちろん、可能性の場合には可能性が数値だと考えている人は極めて僅かです。多くの人は可能性を質感と捉えているので「高い・低い」を一択として使っていると思われます。

可能性は高い(可能性:質>量)
人口は大きい(人口:質<量)
点数は高い(点数:質>量)

点数の使い方は特に興味深いです。点数は明らかに量であるにも関わらず、質を表すことに重きを置いているということです。量(数値化できるもの)に対して質とは数値化できないという意味を持ちます。したがって、点数は高い・高得点という言葉使いには、大きな点数をとったその人を高く評価するという意味があると考えられます。数値化(点数)して、人物の質を評価する場合には高を使うということです。

「可能性はある」という言葉使い

これも気になっている言葉使いです。何事も多くの場合可能性はあり、かつ絶対はありません。確率は0でも1でもない(0<可能性(確率)<1)ということです。確率が0や1であるのは特別な場合です。

絶対に雨が降らない、はありえません。降水確率0%とは絶対に雨が降らない0%のことではなく5%未満の場合を表しています。

先に「万に一つの可能性もない」という例をあげましたが、「1000%、可能性はない」「1000%ありえない」といったりもします。確率の定義からいえば1000%という言葉使いはNGです。

しかし、一般会話の中ではこのような表現がなされます。イレギュラーな表現により話し手の思いの強さを表現しようということです。

ニュース記事から抜粋
(文章1)擁護し続けてきた首相も責任が問われる可能性がある。

(文章2)野党側は総務省幹部が国会でウソの答弁をしていた可能性があるとして批判を強めています。

(文章3)知人や従業員が陽性だった場合に「自分が感染している可能性があるか」どうかを確認

(文章4)上記に該当しない方は感染する可能性はありません。

みなさんはこれらの文章を読んでどう解釈されるでしょうか。私はこうです。
(文章1)と(文章2)の可能性は相当大きいということなのだろう。
(文章3)可能性があるかどうか、といっているが、可能性はあるに決まっているだろう!
(文章4)感染する可能性がないわけないだろう!

(文章1)と(文章2)はいいとして、(文章3)と(文章4)はツッコミありです。
このように可能性がある・ないという言葉使いは、可能性が高い・大きいとは別の問題を含んでいます。可能性が高い・大きいはどちらを使っても真意は変わりないので深刻な問題はありません。

ところが、可能性がある・ないは大問題です。どれほどの可能性があるのかが使い方・文脈で情報がわからないからです。悪い意味で都合のいい・いい加減な言葉使いです。

「可能性」という言葉を考えて使う

以上のように、可能性という言葉を使う場合には、その属性には確率という数値(数)が含まれることを意識することで、高低・大小、ある・ないという使い方に影響を与えます。

可能性という言葉を文脈も考慮し、さらに数値(数)と捉えることで見合った言葉使いをすることができるようになります。可能性の数値の部分を考慮している証として、私は、可能性が大きい、と使っているということです。それは手間がかかることですが、私には日本語をできるだけ丁寧に扱い、内容を相手に正確に伝えたいという気持ちがあります。

言葉使いはルールで縛られるものではないし縛ることはできません。その時代、多くの人に使われることでその言葉使いが生き残っていきます。例えば、ら抜き言葉。私は、ら抜き言葉を使いません。考えながら言葉を発し、文字を書きます。

父とお父さん、この言葉使いは国語で学びました。お父さんを他人に対して使う場合には父と使います。「私の父の職業」が正しく「私のお父さんの職業」はNGです。嫁と妻の使い方も同様です。誰に話すか、誰が話すかで言葉使いが変わります。日本語にはそのように考えないと正確な言葉使いができない言葉がたくさんあります。

しかし、高低・大小の使い分けを私は国語で学んだことはありません。国語の授業だけでは到底日本語のトレーニングはできません。日本語こそ日本人の特権だと私は思っています。日本語があるからこそ私は日本語で考えることができています。

断っておきますが、本連載では言葉の使い方に対して「正しい」「誤り」を訴えるものではありません。日本語の使い方は、正しい・誤りだけで判断できるほど簡単なものではありません。

日本語の言葉は実に多様な意味を含んでいます。私たちは自分が考えていること・感じていること・気持ちを言葉を使って表現します。文字や音声にして。一つの言葉をどのような文脈で使うのか、どのように発するのか、発するときの表情によって相手への伝わり方が変わります。

一つの言葉に多くの情報量を付加させることができるのが日本語です。どのような判断でその一つの言葉を使うのかを考察していくのが本連載の主旨です。この連載でみなさんといっしょに私たちの大切な日本語を数学とともに見つめ直していきたいと考えています。ご期待ください。

執筆者プロフィール

桜井 進(さくらい すすむ)

1968年山形県東根市生まれ。サイエンスナビゲーターⓇ。株式会社sakurAi Science Factory 代表取締役CEO。東京理科大学大学院非常講師。東京工業大学理学部数学科卒。同大学大学院院社会理工学研究科博士課程中退。小学生からお年寄りまで、誰でも楽しめて体験できる数学エンターテイメントは日本全国で反響を呼び、テレビ・新聞・雑誌など多くのメディアに出演。著書に『雪月花の数学』『感動する!数学』『わくわく数の世界の大冒険』『面白くて眠れなくなる数学』など50冊以上。
サイエンスナビゲーターは株式会社sakurAi Science Factoryの登録商標です。
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