新連載! 第1回 新しい数学の学びの時代

算数・数学の勉強は大切です。算数・数学の勉強は必要です。
それと同時に勉強オンリーにならないことも大切なのですが、現実はそうなっていません。現在、算数・数学が勉強オンリーになってしまったことによるデメリットが猛威をふるっています。

ここ数年で私が驚いたのは、小学1・2年生がはっきりと算数が嫌いと主張するようになったことです。私は年間70回、幼稚園・小学校・中学校・高等学校・大学そして教員・一般を対象にした数学の講演(私は数学エンターテイメントショーと呼びます)の依頼を受けます。20年間で1000回ほどの講演を行ってきました。

数学エンターテイメントショーはガチ数学です。小学1年生にも容赦なく二進数や対数を語ります。それを実践しているのがサイエンスナビゲーターⓇという仕事です。

60分のショーのあと30分の質疑応答がはじまると、小学1年生から小学6年生まで「ハイ!ハイ!」と大騒ぎになります。矢継ぎ早に感想と質問が出て興奮のうちにあっという間に終わります。講演会参加者の感想は私のブログでみることができます。

そこで私は参加者に「算数・数学が好きな人は」「嫌いな人は」とよくききます。するとはっきりと「嫌い」という小学1年生がなんと多いことか。10年前までは小学1年生が算数を好き・嫌いという反応をすることがめずらしいことでした。

算数・数学嫌いは深刻の度を増しています。はたして、その問題の矛先は学校になるでしょう。算数・数学の居場所が学校だから当然です。

しかし、私の考え方は少し違います。問題は学校にあるのではありません。もちろん、学校は数多くの問題を抱えています。しかし、算数・数学についてはわが国の教育水準はハイレベルです。

問題は算数・数学の居場所が学校にしかないことです。音楽やスポーツは学校外に活動場所・環境があります。私は音楽・スポーツのように学校外に算数・数学の居場所をつくることを実践してきました。

それが講演や著作・その他の活動です。

・勉強しながらも、勉強に(勉強と)しないこと
・勉強がいつしか熱中・熱狂に変わる
・算数・数学が好き・嫌いよりも、算数・数学に興味と関心を持つこと
・勉強は得点力、熱中・熱狂する算数・数学は非点数化力

というように相反する学び方を一人の中で実践することが大切であると考えています。
学校外での算数・数学の取り組みが、学校の勉強としての算数・数学にも好影響を与えるという考えです。

もはや学校の悪口を言っている場合ではありません。むしろ逆です。わが国の学校の算数・数学のクオリティをもっと知るべきです。私たちには明治時代からつくりあげてきた日本の算数・数学の教科書があります。これをうまく活かすことができないことが問題だということです。

「勉強」を辞書で引いてみてください。

漢字源
【勉強】
①困難なことをむりにがんばってやること。「或勉強而行之=或イハ勉強シテコレヲ行フ」〔→中庸〕②むりに勧める。『勉彊ベンキョウ』③〔国〕学問にはげむこと。④〔国〕商人が品物を安く売ること。

例解新漢和辞典 第四版 三省堂
【勉】
意味 力をつくす。むりをおしてがんばる。はげむ。はげます。つとめる。例勉学。勉強。勤勉。
日本語での用法 《ベン》「がり勉・蠟勉(=寄宿舎で、生徒が消灯後蠟燭をつけて、勉強に熱中すること)」▶「勉強」略。
【勉強】〔むりにでもつとめてはげむ、また、はげます意〕

小学漢字辞典 改訂第6版 学研
【勉】
なりたち 免(むりにぬけ出る)と力を合わせた字。むりをして力むことをあらわした。

これからもわかるように勉という字には「むりに」という意味があります。算数・数学を勉強するというのは、算数・数学を「むりに」しているということです。学校で算数・数学嫌いが生まれるのは当然と言えます。

学校での算数・数学+学校外での算数・数学により、これまでにない数学力を身に着けることが可能になります。算数・数学嫌いをつくりだしている場合ではありません。

満を持して、学校外での算数・数学への取り組みができる時代になりました。それが新しい数学力です。私が実践してきた取り組みをベースに新しい数学力とは何なのかを、この連載で紹介していきます。

デジタルの渦に溺れないために必須な「数学リテラシー」

AI、DX、デジタル通貨など日々新しい技術が新しい言葉とともに現れています。言葉についていくのがやっとなどとは言っていられないほど世界は超高速で動いていきます。それはまさしくデジタルの渦と呼べるものです。渦の中で溺れないようにするには、渦の核心にあるものすなわち渦を引き起こす大元を理解することが肝要です。

「AIで仕事が奪われる」「金融・官公庁・教育・医療のDX改革」「ビットコインとブロックチェーンの関係」といったメディアの見出しに驚いているようでは半分溺れているようなものです。渦の核心を理解(理解の程度も問題ですが)せずに、言葉だけに踊らされることほど危険なことはありません。

AI、DX、デジタル通貨、インターネットで買い物をしたり商品検索をするとブラウザーの脇に表示される「おすすめ」広告など、それらのシステムはアルゴリズム(計算手順・手続き)と呼ばれる技術によって実現しています。

そのアルゴリズムを支える最も重要な技術が数学と統計学に他なりません。統計学も数学を基本にするので数学とまとめることができます。ここで難しいのは、「おすすめ」広告を見ていてもアルゴリズムの奥にある数学は一切見えてこないことです。

AIやデジタル通貨を支えるブロックチェーン技術や暗号理論を支える数学とは、線形代数学(ベクトル・行列・テンソル)、微分積分学、整数論、代数、確率、離散数学など多岐におよびます。

システム設計や商品開発を担うエキスパートから一般ユーザーまで数学レベルの差はあれど求められるのが数学の素養です。私はそれを「数学リテラシー」と呼んでいます。ざっくりいうと、数学リテラシーとは数学を俯瞰する力のことです。

新技術──AI、DX、デジタル通貨など──と数学の関係を理解すること、そしてその理解のもと、新技術の評価、使い方、将来の見通しができることです。将来にわたり一つ間違いないことがあります。これから出てくる新技術は数学をもとにデザインされていることです。

したがって、どんな新技術にも対応できる実力が数学リテラシーです。現在、数学リテラシーの実力の差が問われる時代に突入しています。

数学リテラシーが本連載のテーマである「新しい数学力」の一つです。計算問題や文章題が解けることも数学力の一つですが、数学リテラシーはそれとは質が違います。本連載では、数学リテラシーをはじめとする様々な新しい数学力を紹介していきます。

国家座標

ここで一つ聞き慣れない例を挙げましょう。私は国土地理院の仕事をしています。地図こそ数学のかたまりであることを知ってはいましたが、いざ実際の現場を知るとそのことの凄さを初めて実感しました。

その中で最近驚いた話題があります。それが「国家座標」です。国家座標とは、その国の位置の基準(ルール)です。具体的には、緯度・経度・高さやこれに準ずる座標(数値)で位置を表す場合の基準のことです。

わが国では、測量法第11条で定められた基準に準拠した緯度・経度・標高・平面直角座標・地心直交座標が、測量に限らず、さまざまな法令や民間の地図や図面などで位置を表現する場合の基準として用いられています。

国家座標に準拠・整合したものに統一されていることで、日本中で誰もが安心して位置情報を利用・活用することが可能になります。

国土交通省は、インフラDXやIoT(モノのインターネット)、AI、AR(拡張現実)などの技術を用いて仮想空間に物理空間の環境を再現し、「デジタルツイン」(将来予測するための技術)への応用を考えています。

さて私が驚いたのはこの「国家座標」をひろく一般に周知してもらうことを国土地理院が考えている点です。「国家座標」の正体は「4次元国家座標」です。現在の地図は、緯度・経度の平面(2次元)に加えて高さが加わった立体(3次元空間)になっています。さらに、そこに「いつ」の地図かという時間軸も加味した情報(4次元時空)となっています。

「4次元国家座標」は地図のエキスパートにとっては当たり前のことですが、それを一般の人々にも知ってもらおうと考えている国土地理院の意図に驚かされました。国家座標という言葉には、基準となる地図の仕組み──座標系も含まれます。まさに数学リテラシーがなければ分からない言葉です。

教科書に専念するのが学校の算数・数学

残念ながらこのような数学リテラシーを学校の算数・数学には期待できません。理由は簡単です。学校の算数・数学は、テスト・入試のためのものだからです。本当は違います。算数・数学の教科書はテスト・入試のためにあるのではありません。しかし、現実はそうはなっていないということです。

ここで私の主張・立場をはっきりさせておきましょう。だから学校の算数・数学がダメと言っているのではないということです。むしろ逆です。わが国の学校の算数・数学の質は極めてハイレベルです。教科書および教える先生の量と質、ここまでのレベルの算数・数学を全国民に与えられる国家はそうありません。

学校の算数・数学のあり方をここで議論はしません。一つだけ言えば、何でもかんでも学校にやらせようとすることに問題があると思っています。学校の算数・数学では教科書をしっかり学ばせることに専念すればいいのに、それ以外のタスクのせいでそれが実現できないことが問題です。

数学リテラシーを学校でおしえることは様々な理由で難しいことです。そもそも数学には多くの分野ありそれを小中高のカリキュラムの中に収めること自体、困難な状況です。

学校の外での数学

数学は中学からではおそすぎます。小学1年生からで丁度いいというのが私の持論です。著書・講演・授業はその考えがベースになっています。

学校以外での数学をすることで、学校の算数・数学を俯瞰できるようになります。先に申しあげたようにわがわが国の学校の算数・数学はハイクオリティです。しかし、それがテスト(入試)にしか活かされないことがもったいないことなのです。

学校以外での数学の学びがあることで、学校の算数・数学の真価が発揮されます。私自身のこれまでの歩みがそうだったので、実感としてわかっています。学校以外での数学の学びがないから、「数学は何の役に立つのか」という疑問がいまだに出てくるのです。

冒頭で申し上げたように、AIをはじめとするコンピューターに関わる数学を知ればそのような疑問は吹っ飛んでしまいます。「数学ほど役に立つものはない」と実感できます。私が著者の一人になった高校数学教科書「数学活用」(啓林館)は「世界は数学でできている」の見出しで始まります。それが私の率直な思いです。

AI時代を生き抜く新しい数学力

非数値化力 100点に何の意味があるのか
数学ではなくMathematicsの時代
数学の学びのポートフォリオ 受験数学とMathematics
数学のリアリティ 受験数学でない数学の力
数学の興味・関心力 数学を学び続ける原動力
数学を信じる力 トップダウンで数学と接する
数学に翻訳する力 世界は数学でできている。
数学の難しさを知る力 数学の“ムズカシサ”から数学の“難しさ”へ
新しい数学の学び方 Pythonは新しい数学の教科書
数学リテラシーの時代 数学を俯瞰する力

といった内容を連載で紹介していきます。ご期待ください。

執筆者プロフィール

桜井 進(さくらい すすむ)

1968年山形県東根市生まれ。サイエンスナビゲーターⓇ。株式会社sakurAi Science Factory 代表取締役CEO。東京理科大学大学院非常講師。東京工業大学理学部数学科卒。同大学大学院院社会理工学研究科博士課程中退。小学生からお年寄りまで、誰でも楽しめて体験できる数学エンターテイメントは日本全国で反響を呼び、テレビ・新聞・雑誌など多くのメディアに出演。著書に『雪月花の数学』『感動する!数学』『わくわく数の世界の大冒険』『面白くて眠れなくなる数学』など50冊以上。
サイエンスナビゲーターは株式会社sakurAi Science Factoryの登録商標です。
桜井進WebSite

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