開成高校3年生の連載【息子が自ら勉強するようになるプロジェクト】第5回 勉強していてよかったことと僕が考える勉強の意味

前回の記事では自分で勉強の面白さに気付ける子の共通点というテーマでお話しました。まだ記事を読んでいない方はこちらを先にお読みください。
前回の大まかな内容をまとめると自分で勉強の面白さに気付ける子には3つのタイプがいて、タイプAは勉強に直結する面白いものと出会えた人、タイプBは勉強には直結しないスキルを習得した人、タイプCは受験勉強を始めてから面白さに気付く人でした。また最も多いのはタイプCの子達ですが、塾に頼る前にまずはタイプAになる可能性を捨てずに様々な経験をさせてあげることが大切だとも話しました。今回を含めてあと2回でゴールを迎えるこの連載のフィナーレに向けて、今回第5回目では中学2.3年生の2年間毎日勉強した末、高校受験で開成高校などに合格した過去の体験を元に、特に受験勉強について、勉強していてよかったことや僕が考える勉強の意味など、個人の考えを綴っていこうと思います。正解がある話ではないので、あくまで一つの意見として受け取ってもらえたら幸いです。

よかったこと①:当たり前を疑う思考力が身についた

これは国語の勉強をする中で身につきました。難関高校の国語の入試問題は論説文や小説文(物語文)が出題されることがほとんどなのですが、その内容は平和や道徳と言った綺麗に加工された話ではなく、作者の独特な感性で描かれた人間味溢れるドロドロした話が取りあげられることが多いです。
論説文だったら若者の投票率が落ちていることや地球温暖化への危機感など、一般的に常識とされている問題を筆者独自の視点から否定して実は問題はそこではないんだと主張する文章などが出題されます。小説文だったら小学生までに読んできた友情物語やハッピーエンドはまず出題されず、仲良く接するのを装って実は相手のことを嫌っているうわべだけの交友関係を読み取らせる文章や、人生が何も上手くいかない主人公の嫉妬や復讐心を読み取らせる文章など、その文章を注意して読み込まないと正解に到達できないひねくれた文章を出題することで受験生の真の読解力を測ります。
受験勉強で国語の勉強をするまで真面目に読んだ本が『かいけつゾロリ』しかなかった僕は国語の点数を伸ばすのに非常に苦労するのですが、沢山の筆者の沢山の文章を読み続けたことで一つの物事を色々な切り口から考えられるようになりました。当たり前を疑う思考力がついたことで、周りの人がやってるから自分もやるのではなく自分の考えに基づいて行動できるようになっています。

よかったこと②:聞く前に調べる癖がついた

これは英語と社会の勉強をする中で身につきました。人生初めての受験勉強を始めた中学二年生の頃の僕は、とにかく何でも気になって毎週土曜日は9時から13時までは社会の先生に、13時から19時までは英語の先生に付きっきりで質問対応をしてもらっていました。海外の王様は1世、2世と呼ぶのにどうして徳川家は徳川1世、徳川2世と呼ばないのかとか、英単語で同じ意味を持つ2つの表現の厳密な違いは何かなど、ほとんど受験に出ないことまで気になっていたので塾の先生もその場で調べたり他の先生と協力しながら僕に付き合ってくれていたことは今でも覚えています。
お陰で英語も社会も苦手科目から5科目の中で一番の得意科目となって常に偏差値70以上を取れるように成長しましたが、社会の先生が「気になったことはgoogleで調べたら答えが載ってるよ」と言ってくれたことがきっかけで途中からは気になったことは何でも自分で調べるようになりました。今までスマホを友達とのLINEでしか使ったことがなかった僕は中学2年生を転機にスマホの良い使い方を知り、今でも電車の広告で見つけた知らない言葉や学校の授業中に先生が言った知らない言葉などはすぐにスマホを開いて調べるようになりました。と言うより、知らないことを放置しておくと気持ち悪いのですぐに調べてしまいます。聞く前にすぐ調べる癖がついたことは恐らく死ぬまで使えるスキルだと思うので、中学生で習慣にできてよかったです。

よかったこと③:やればできることを知った

これは受験全体を通して身にしみて感じたことです。冒頭で開成高校に合格したと述べましたが、受験勉強を始めた中学2年生の春には開成に入るつもりは一切無く、数学の化け物とか国語の鬼とか、生まれ持った天才が集まる架空の世界だと信じていました。最初は偏差値40代から勉強を始めた僕が開成を視野に入れ始めたのは受験勉強を始めた一年後の中3の春で、よくしてもらった塾の英語の先生に勧められてからでした。中3の夏休み前に受けた開成オープンという模試ではボロボロでしたが、本当に目指そうと決心して勉強したので秋以降の模試では合格圏内に入り続けて無事合格できました。この経験で僕はどんな目標でも本気でやれば達成できるということに気付き、誰よりも必死に勉強したからこそ自信を持って言えるようになりました。
僕は高校受験でこの気付きを得ましたが、受験に限らず自分の努力で高い目標に到達できた人はみんなこの経験を持っていると思います。この経験から僕は、今までやったことのない事でも努力をすればできるようになると確信しているので、始める前から諦めたり投げ出したりすることはありません。これから先の人生で新しい挑戦をする時も、「やればできる」という感覚は大事にして生きていこうと思います。

僕が考える勉強の意味

ここには書き切れないほど沢山ありますが、スイスの言語学者であるソシュールという人の「言葉が世界を分節する」という言葉が僕が考える勉強の意味とリンクしているので簡単に紹介させてください。国によって虹の色が7色だったり6色だったり2色だったりするように、また蝶と蛾を分ける国と分けない国があり、タコとイカを分ける国と分けない国があるように、僕たち人間はものに名前をつけることで物事を区別しています。もし日本に「椅子」という言葉がなかったらどこまでが地面でどこまでが椅子か区別できませんし、音楽に詳しくない人は何がジャズで何がヒップホップなのか区別できませんよね。
勉強もこれと同じで、多くの考え方や知識を持っていれば元々は一つのものにしか見えていなかったものが二つにも三つにも区別されて本質に辿り着くことができます。例えば日本の少子高齢化を解決するにはどうしたら良いと思いますか?と聞かれても知識のない小学生と知識の豊富な大学教授だと意見の質が全く違います。より幅広く、そしてより深い知見を持っている人は普通の人が気付かないことに気付けるし、自分の手が届く範囲も増えると思うのです。
まとめると、今の僕が考える勉強の意味は「見えなかったものを見えるようにすること」です。勉強に終わりはなく、すればするほど自分の無知を思い知らされるものなのでこれからも手を休めることなく学んでいこうと思います。

著者紹介

藤原 遥人(ふじわら はると)
学校で教えないことを高校生が中学生に教える塾、寺子屋ISHIZUEの創業者。現在開成高校3年生。年齢差2.3歳の先生が語りかけ、生徒とともに成長していくことで大人がいくら伝えても届かない「勉強の面白さ」をもっと沢山の日本人中学生に知って欲しいとう思いから2020年冬に創業。最近は「僕たちはなぜ勉強をするのか」というテーマでのイベント登壇など、自身の受験勉強と向き合いながら「中高生にとっての勉強の意義」を追究。趣味はピアノとサッカーとダンス。

スタディ公式SNSで最新情報をチェックしよう!