スクール特集(和洋九段女子中学校の特色のある教育 #2)

社会とつながり、価値を創る力を育む「起業家プログラム」
和洋九段女子中学校高等学校は2020年度より、中学3年生を対象に、会社の設立や商品開発、販売などを体験する「起業家プログラム」を実践している。その取り組みを取材した。
PBLと地域連携の学びをビジネスの発想に活かす
同校は2020年度、東京都が支援する「起業家教育プログラム」を、中学3年生の総合学習の一環として導入した。このプログラムは、東京都が小・中学校を対象に実施している起業家教育導入支援事業である。仮想の会社の立ち上げから決算までのプロセスをシミュレーションしながら、チャレンジ精神やコミュニケーション力、想像力、行動力、自立心など、これからの時代を生きる上で必要な力を育むことを目的としている。また、小中学生が将来の進路を考える際、「起業」を職業選択の一つとして捉えられるようにすることも狙いだ。東京都では毎年、導入支援校として10校を採択し、講師の派遣も行っている。
中学校教頭の本多ゆき先生は、このプログラムに応募した経緯を次のように語る。
「本校では以前から、日々の授業や学校行事を通してPBL(課題解決型学習)を取り入れ、友だちと協働しながら課題を解決したり、より良いものを創り上げたりする学びを実践してきました。しかし当時は、新型コロナウイルス感染症の影響で行事なども中止となり、オンラインでも実施できるPBLの活動の場を探していました。また、本校はコネクティッド・スクール構想のもと、企業訪問をはじめとする地域社会と連携した学びを重視しています。学校のある千代田区は経済やビジネスの中心地でもあり、このプログラムであれば、そうした地域とのつながりを活かしながら、生徒たちのビジネス的な発想力を育むことができるのではないかと考えました」
さらに同校では、高校1年生を対象に、長野県の過疎化が進む限界集落で民泊を行い、農作業を体験したり、地域活性化のための企画を考えたりする研修も実施している。本多先生は、起業家教育プログラムには、その事前学習としての意味合いもあると話す。「ビジネスの基礎的な知識をあらかじめ身につけておけば、地域の課題に対してより現実的な企画を考案でき、提案にも説得力が増すのではないでしょうか」
なお、都のプログラムは1回きりの参加だが、同校は次年度以降も都と連携を取りつつ独自のアントレプレナーシップ教育として、取り組みを継続している。

▶︎中学校教頭 本多ゆき先生
事業計画から宣伝、販売まで、生徒たちが挑む“会社経営”
文化祭終了後の11月から1月にかけて実施される起業家プログラムでは、学年全体を10グループに分け、会社を設立するところからスタートする。毎年テーマが設定されており、初年度は「長野研修旅行で着るウエア」、2022年度は「創立125周年記念グッズ」、昨年度は「学校で使いたい便利グッズ」が題材となった。各グループで会社名を考え、社長をはじめ、企画、会計、仕入れ、販売、宣伝などの担当者を決め、一人ひとりが役割を担う。
続いて取り組むのが商品開発だ。「学校によっては実際に商品を製作・販売するところもありますが、本校では『予約販売』という形を採っています。商品を考案した後は、銀行から融資を受けるための事業計画書を作成します。中学2・3年生合わせておよそ百四十名を消費者と想定し、一人3,000円を持っていると設定して、市場規模を約40万円と見積もります。費用にはCMやポスターなどの広告費も含まれており、それらを踏まえながら販売価格や販売数、利益を算出していきます。完成した事業計画書は、東日本銀行の行員の方に確認していただきます」と、本多先生は説明する。東日本銀行は都の「起業家教育プログラム」に参画しており、同校では継続して協力をしてもらっているという。
「最初、生徒は、自分たちの商品ならみんなが買ってくれると思いがちです(笑)。でも、『会社は10社あるよね』『他の商品を選ぶ人もいるし、一人が使えるお金は3,000円だよ』と伝え、市場の大きさを考えるよう促します。一方で、売れないことを心配して販売数を極端に少なくすると、利益は出ません。銀行員の方からも、『この利益では会社を続けられません』『この価格で本当に売れるでしょうか』といった指摘を受け、計画を見直していきます。生徒たちは、材料費をインターネットで調べながら、『こんなにかかるんだ』と驚くことも少なくありません。そうした試行錯誤を重ね、『この部分は原材料費が高いから見直そう』『価格も調整しよう』と、適正価格を導き出していきます」(本多先生)
事業計画書が完成すると、販売会に向けた広告制作に取りかかる。CMを何枠購入するのか、ポスターを掲示するのか、学習支援クラウドサービス「Classi」で告知するのかなどを話し合い、宣伝方法を決定する。販売会では、社長または宣伝担当者が1分間のプレゼンテーションを行う。その後、生徒たちはClassiを使い、3,000円の予算内で購入したい商品と数量を入力する。なお、中学3年生は自社商品以外を購入することがルールとなっている。販売終了後は、売上や利益を計算して銀行担当者に報告し、融資を返済する。
プログラムの締めくくりは振り返りだ。販売結果をもとに価格設定や販売計画の妥当性を検証し、学びを専用の冊子にまとめる。また、販売会後には中学2年生が「購入した商品とその理由」や「印象に残ったCM(プレゼン)とその良かった点」をClassiに記入し、その内容も振り返りの材料となる。
本多先生は、「中学2年生からは、『欲しかったけれど値段が高くて買えなかった』といった率直な意見も寄せられます。ただ、このプログラムは利益を出すことだけが目的ではありません。売上目標を達成できなかったとしても、『CMの動画が凝っていて良かった』など、下級生からのフィードバックを通して、自分たちが真剣に取り組んできた過程を認めてもらえたと実感することも、大切な学びだと思っています」と話す。

▶︎あるグループが開発した新商品「Poi me」の宣伝ポスター。机の上のゴミを簡単に片付けられる便利グッズだ。
起業家教育の先にある「社会に貢献する人」を育成
起業家プログラムを通して、生徒たちも自分の変化を実感しているようだ。昨年度のアンケートには、「商品の利益を考えられるようになった」「融資について詳しくなった」「お金の使い方を考えるようになった」といった、お金に関する学びに加え、「さまざまな意見をまとめられるようになった」「みんなと協力して取り組むことができた」「自分の役割を最後までやり切った」「責任感が身についた」など、自身の成長を振り返る声も数多くあった。
生徒たちの様子を見て、本多先生は、「これまで考えたことのなかったお金の仕組みが、知識として身についてきたと感じます。また、グループ内で対話し、協働して課題に取り組むことで、PBLの経験値も高まっていきますね。もちろん、赤字になったり計画通りに進まなかったりすることもありますが、そうした失敗も含めて大切な経験です」と話す。
さらに、このプログラムは生徒たちが将来の進路や生き方を考えるきっかけにもなっていると言う。「大人はお金のためだけに働いているわけではありません。特に起業という道を選ぶ人は、社会に対する問題意識や、新しいものを生み出したいという情熱を持っています。最初は『自分には起業なんてできない』と思っていた子も、『自分たちで考えたことが形になり、中学2年生にも受け入れてもらえた』という経験を通して自信をつけていきます。『自分にも何かできるかもしれない』『誰かが新しいことを始めることで、世の中は変わっていくのかもしれない』。そうした意識を持ちながら、高校進学を前に『自分はこれから何をしたいのか』を探究していくのです。中学生は、まだ自分自身のあり方が固まっていない時期だからこそ、大きく変容する可能性があります。そういう意味でも、中3で取り組む意義は大きいと思っています」

こうした模擬的な起業体験の次のステージとなるのが、高1で実施する長野研修だ。
「現地の方々と『地域を盛り上げるためには何が必要なのか』を話し合い、女子高校生ならではの視点で、『特産のリンゴを使ったこんなお菓子を作ってみませんか』などと提案します。その際も、コスト面までしっかり考えられており、中学3年生での経験が生きていると感じます。実際に、シードルのラベルデザインを手がけたり、『じゃがアップル』というネーミングのおやきを商品化したりした例もあります。自分たちの提案が誰かの役に立つ。そんな社会とのつながりも実感できたのではないでしょうか」
本多先生は最後に、起業家プログラムの先にある学校の教育観について、こう語った。
「本校では、教育活動にルーブリックを取り入れ、主体的に行動し、他者と協力しながら課題を解決し、その成果が社会貢献につながることを目指しています。起業家プログラムも、単に起業について学ぶ場ではなく、協働や対話、人への働きかけを通して市民性を育む機会にしたいと考えています。生徒たちはやがて社会へ出ていきますが、働くことは自分のためだけではなく、誰かの役に立ち、誰かを支えることでもあります。そして、そのことが結果として自分自身の豊かさにもつながっていく。そんな人生を歩んでほしいと願っています」
<取材を終えて>
「起業家教育」と聞くと、将来、起業するための学びと想像しがちだが、本質は“会社を作ること”ではなく、“社会の中で人と協働しながら、自分にできることを考えたり、生きる力を育む”ことにあると気付いた。利益を出せなかった経験や、仲間と意見がぶつかったことなども、生徒には良い学びになるのではないかと思う。また、本多先生の「大人はお金のためだけに働いているわけではない」という言葉が印象的で、ただ利益を追求するだけでなく、誰かの役に立ちたい、新しい価値を生み出したいという思いが、働くことの原点にある。そんなことを再確認した取材だった。

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公開日:2025/8/27







































