スクール特集(小林聖心女子学院中学校の特色のある教育 #2)
小中高一貫教育構想のもと、4−4−4制から見出す「伝統の中の新しさ」
小林聖心女子学院が6-3-3制から4-4-4制への転換を図っている。今なぜ4-4-4制なのか。初めて開催された公開研究会と担当教員に対する独自取材を通じて、同校が目指す「伝統の中の新しさ」を紹介する。
女子の早期発達化に対応する4-4-4制
「本校では2005年より、12年間一貫教育について研究を重ねてきました。その中心的なテーマは、女子小中学生の自尊感情低下にいかに対応するかということです。女子の場合は、特に身体の成長とともに自尊感情が大きく揺れ動く傾向があります。現代の早期発達化傾向の中、まず小4から小5の時期に大きく自尊感情が低下することがわかっています。また、小6から中2にかけての時期は、特に難しい時期と言えるでしょう。そんな女子特有の身体的・心理的成長に対応する教育課程として4-4-4制に移行していくこととしたのです」と中学校教諭 唐﨑雅行先生。
自尊感情とは、自分を価値ある存在であると感じる肯定的な気持ちであり、低すぎても高すぎても対人関係において問題が起きるとされている。
一般的な6-3-3制とは異なり、12年間を4学年ずつ3つのステージに分ける4-4-4制。4年生までのStageIでは、基礎・基本を徹底した土台づくりを、5年生から8年生までのStageIIでは、人間関係の中で新たな自分とその役割を見つけていくこと、主体性と自信を育てることを目指す。そして、9年生以降のStageIIIでは、将来につながる確かな学力を養うべくカリキュラムを編成。18歳の卒業の日をより良い形で迎えられるようなシステムとなっている。
そんな4-4-4制の導入は、生活指導面だけでなく、学習面でも良い効果をもたらしているという。
小学校教頭の河本周介先生は「小中高の垣根を超えて児童や生徒の交流を深めるだけでなく、教員の連携にも力を入れています。これまで小学校と中学校の相互連携体制がしっかりと取れていなかったために起きていた問題、たとえば小学校高学年で既に学んだことを中学に入ってからもまた同じように学ぶといった、授業内容の重複が解消され、より効率的に学べる環境になりました」と話す。
小林聖心には創立以来「対話を通した教育」を行ってきた伝統がある。これは、新学習指導要領に盛り込まれる「主体的・対話的で深い学び」に直結する部分だ。「対話」には「教材との対話」「自己との対話」「他者との対話」という3つの側面がある。公開授業では、各教科でこれらの対話の場面を上手に使い分けながら授業が展開されていたことが印象的だった。さらに、読書教育にも力を入れている。
「本を読んだ後に文章を書かせることを重視しています。書くことは、すなわち振り返ること。振り返ることが力になるのです」と河本先生。「本校には読書好きの生徒が多いのですが、高校に入ると読みたい本を読む時間がなくなるという声をよく聞きます。そこで、7・8年生に対しては『読みたい本は、今のうちに読んでおいた方がいいよ』と言うようにしています。1年生のときから、図書館司書と連携して読書を習慣づけていることが大きいですね。与えられた課題に沿った本や資料を読むことも苦にならなくなるようです。自分の読書法を身につけておけば、数学でも、物理でも、英語でも、どの教科を勉強する際にも見えない学力として役立つはずです」と唐﨑先生もつけ加える。
▶︎中学校教諭 唐﨑雅行先生
▶︎小学校教頭 河本周介先生
転入生・中学校からの入学生もすぐに打ち解ける校風
小林聖心には帰国子女も含め、学年を問わず毎年数名の児童・生徒を転入生として受け入れている。StageIIのちょうど中間、中1に相当する7年生から中学入試を受けて入学してくる生徒は特に多い。公立校から私立女子校に入学するにあたって、保護者や生徒自身が不安を感じるのは当然のことだ。しかし、実際には数ヶ月のうちにクラスのどの生徒が転入生だったか、教員も生徒たち自身も分からなくなってしまうほど、学校生活に馴染むと聞いて驚いた。
「7年生で入学してきた生徒が、入学して間もない時期に級長に立候補して選ばれたこともあります。7年生の5月には仲間づくりを目的としたクラス合宿があるのですが、それ以外に特別なプログラムを組まなくても、合宿後にはどの生徒が転入生だったかわからないほどクラスに馴染んでいます」(唐﨑先生)
中学受験を経て入学する場合でも、これなら安心だ。カトリック女子修道会「聖心会」を母体とする小林聖心では、キリスト教的価値観に基づく全人教育を教育の柱に据え、より良い社会を築くことに貢献する賢明な女性の育成を目指している。他者を思いやり、自分自身で考え行動する力を養うことに重点をおいた独自の教育によって、豊かな人間性が育まれていく。新しい仲間を受け入れることを含め、すべての人に寛容な態度がとれるのは、カトリックの教えが根底にあるからだろう。
四季折々の風情あふれる駅からの坂道、10万㎡を超える広大なキャンパス、国の登録有形文化財にも指定されている美しい本館校舎など落ち着いた学びの環境に恵まれている同校。豊かな自然に囲まれた小林の丘に吹く風もまた、ここに通う児童・生徒たちに精神的な安らぎをもたらすとともに、他者を大切にし、受け入れるという温かくのびやかな心を育んでいるに違いない。
7年生からの入学でも安心の少人数制英語学習指導
中学校から入学する生徒にとって学習面で一番心配なのは英語だろう。公立小学校の英語学習は現在5・6年生で必修となっているが、創立当初より英語教育に力を注いできた小林聖心では、小学校1年生から週2回の少人数英語学習を実施している。ネイティブスピーカーの教員と日本人教員による英語しか使わない授業を展開しているので、7年生の時点ではかなり英語に慣れ親しんでいる。そこへ、中学校からはじめて英語を本格的に学ぶという生徒が入ってくるのだから不安に思うのも当然だ。そこで、同校では英語の授業時、中学から入学した生徒を集めたクラスをつくり、1クラス10名程度の少人数制で、小学生から英語を学んできた生徒の進度に追いつけるような手厚い指導を行っているという。
「7年生は1つのクラスを3つの少人数クラスに分けていますが、その中に、はじめて英語を学ぶ子どもたちのクラスが1つあります。今年は各クラス7名ずつ。8年生になるまでにできるだけ同じレベルにまで追いつくよう、土曜日に補習も行っています。8年生からは1つのクラスを2つに分けたクラス編成で、9年生になると習熟度に応じて『読む』『書く』『聞く』『話す』の4技能をバランスよく身につけられるカリキュラムを組んでいます」(唐﨑先生)
まわりの“英語の得意な生徒”に引っ張られて、英語力が向上していくことも見逃せない。同校には英語の授業時間は英語しか話さないというルールがある。小学生の頃からネイティブスピーカーの教員との対話を頻繁に行うなど英語を日常の会話の中で活用する機会が多いため、小学生から小林聖心で学んできた生徒たちは英語を正確に聞き取る力や正しい発音で話す力も非常に高い。「そんな友だちの英語を聞いているうちに、自然にレベルが上がるのです」と河本先生。先生から学ぶことはもちろん、同級生が堂々と話し、積極的に学ぶ姿に刺激を受け、自然に英語の力がつくわけだ。
取材日当日は、11年生の英語の公開授業を見学した。LGBTQ(レズビアン、ゲイ、バイセクシャル、トランスジェンダー、ジェンダークィア)の人々が社会に期待する変化は何かについて、グループやクラス全体で議論し、それぞれ考えを英語で発表するという内容の授業だった。日本語でも難しいテーマであるにもかかわらず、英語で積極的にディスカッションしている姿を見て、同校の英語教育の確かな成果を感じることができた。
このようにして、生徒たちは小中高12年間を通して体系的に組まれたカリキュラムの中で、互いに切磋琢磨しながら総合的な英語力を伸ばしている。その中で、異なる環境から入学する生徒は同校の英語教育に大いに刺激を受けることになる。その経験が今後の進路への可能性に繋がるのではないだろうか。
すべては18歳の姿を思い描いて
さまざまな場面で問題意識を持って考えられる人間の育成を目指している小林聖心の12年一貫教育。その基盤には「魂を育てる」「知性を磨く」「実行力を養う」「社会性」「意志力」「生き方における志向性」という6つのカテゴリー、60項目に「プロファイル」としてまとめられている教育の指針がある。
「母体である聖心会創立時からの教育の真髄である『対話により変容をもたらす教育』を、新しい時代の教育の中で具現化していくことが、小林聖心創立100周年に向けての目標です。『伝統こそ新しい』をモットーに『対話』を重視し、児童・生徒の変容を目指す授業を展開していくことで、集中力、理解力、想像力、判断力、表現力を養っていきたいと考えています。よく卒業生が『私たちはみな根拠のない自信をもっている』と言いますが、これも決して子どもたちが言うほど根拠がないわけではなく、これこそが12年間の一貫教育の中で本人たちが知らず知らずの間にいろいろな力を自然と身につけていく小林聖心の校風なのだと私たちはとらえています」(唐﨑先生)
長年培われた6-3-3制から4-4-4制への転換には、大きな労力が必要だ。しかし、小林聖心が敢えてその難しい課題に取り組むのは、12年生18歳になった時、生徒自らが目指す将来へと自信を持って旅立つためであり、発達段階に合ったカリキュラムをつくることで、スムーズにステップアップできるようにしたいという思いが背景にある。
「StageIIIでは、最初の9年生からすでに高校のエッセンスを取り入れた授業をします。そうすることで、良い意味でのゆとりを持って12年生の受験時期を迎えることができるのです。その意味でも、4-4-4制は非常に有効な枠組みだと考えています。本校の特徴の一つに、進学先のバリエーションが豊富だということがあります。決して有名大学へ進学することだけを目標にすることはなく、主体性を大切にした12年間の一貫教育で、一人ひとりの個性や学びの意欲を重視して送り出しているのです。聖書の中に『見えるものは過ぎ去るが、見えないものは永遠に存続する』という言葉があります。テストの点数など、見える学力ばかりを追ってるだけでは社会に出てからが大変です。逆に見えない学力はそうそう身に付かないものですが、養っていればいつか花開くときがくるのです」(唐﨑先生)
取材日には全体発表・授業公開に続いて、「一貫教育4-4-4制カリキュラムの現状と課題」についてのシンポジウムが開催された。コーディネーターを務められた神戸女子短期大学の長瀬荘一先生が「授業を見せるということは自らを振り返ること」とおっしゃっていた。私立学校では外部に授業公開することは珍しい傾向があるが、幅広く教育関係者を招き今回の公開研究会が行われたことは、大変画期的であり、同校の学校改革に対する強い意欲を感じとることができた。
唐﨑先生は「今回は、教育関係者のみに限定させていただいての公開研究会でしたが、今後は教育関係者以外の方にも広く本校の取り組みを知っていただける機会をもつことも視野に入れて取り組むことができればと考えています」と意欲を見せる。
ハード面の整備が課題
現在の校舎は、小学校・中学校・高等学校という校種別の区分となっており、4-4-4制にはそぐわない。その点が、これから取り組むべき大きな課題だろう。
「宿泊行事などに関しては、発達段階に合わせて徐々に変えていく道筋が立ってきています。ただ、入学式や卒業式といった6-3-3制に合わせる部分もまだまだあり、そこはこれからハード面の環境整備と合わせて考えていかなくてはならない課題だと捉えています」と唐﨑先生。
しかしながら、同じ敷地内に毎日通って来る小中高生には、おおらかな風土のもと、家族的な雰囲気が漂っている。
「外から見えている以上に、学年、年齢を超えた仲間意識があると思います。ステージを超えて、校種を超えて、姉妹のような関係性が日頃の学校生活のなかでしっかりと築けているように感じています」と河本先生。
自主性を重んじ、異学年交流も積極的に行っている小林聖心では、他者との関係性も上手に築ける児童・生徒が多く、冒頭に紹介した自尊感情低下の問題は、それほど深刻ではない。今回の取材を通じて、4-4-4制を導入することで、生徒たちの心が豊かに育まれ、また自ら進むべき道を考える上で、大変効果的に学習を進めることができるということがよく分かった。このように、これまでの枠組みにとらわれない発達段階に合わせた同校の教育改革は、今後、日本の教育界に一石を投じることになるのではないだろうか。
〜公開授業を通して感じたこと〜
<6年算数>
授業のテーマは「幾何ソフトCabriを用いた図形の拡大と縮小」だった。前半は各自が自由に課題に取り組み、中盤には数名の考え方を共有した上で、答えにたどり着けるようなヒントを提示し、解決へと導いていく授業展開。4-4-4制における算数と数学との連携授業ということで、小学校の教員を中心に、中学校・高等学校の教員も授業に参加し、これまでの学年や小中高での指導内容の区切りを取り払った画期的な授業内容となっていた。「教材との対話」「自己との対話」「他者との対話」という3つの対話の場面がすべて取り入れられた同校らしい授業で、普段よりも少し意見交換の様子が控えめではあったようだが、周りの意見を聞きながら考えが変容していくさまが見て取れた。友だち同士で教えあい、画面を見せ合いながら試行錯誤し、論理的な思考を働かせ、自ら解決の糸口を発見していく姿は授業のねらい通り。学ぶことの楽しさが実感できる、素晴らしい探究の授業だと感じた。
<11年英語>
昨今、注目を集めている英語の学習方法にCLIL(内容言語統合型学習)がある。教科科目やテーマ学習の内容と外国語の学習を合わせて行うことで、より高い学習効果を狙うものだ。この日、取材した11年生の英語の授業でテーマとして扱っていたのは、LGBTQ。大人にとっても難しい、そして日本語で意見を交わすのもの簡単ではないこの問題を、英語の授業で扱っていることに驚くとともに、同校の英語教育は、高度なCLILとも言うべきレベルに達していると感じた。このような英語教育を受け、社会へと巣立っていく小林聖心の卒業生たち。彼女たちなら日常生活や旅行時のみならず、ビジネスにおいて英語によるコミュニケーションが求められる場面にも、きっと臆することなく臨めることだろう。
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